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岡山地方裁判所 昭和37年(ワ)352号 判決 1964年1月23日

主文

被告は、原告に対し金三〇万円および右金額に対する昭和三七年八月九日から支払ずみにいたるまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、双方の申立

(一)  原告訴訟代理人は主文と同旨の判決と仮執行の宣言を求めた。

(二)  被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」の判決を求めた。

二、双方の主張

(一)  請求原因

(1)  被告は、昭和三六年七月初旬左記為替手形二通に引受をし、これらを訴外株式会社和田組へ交付した。

<省略>

(2)  本件手形は前記和田組から岡本正志へ、岡本から中国木工株式会社へと白地のまま譲渡され、原告は昭和三六年七月八日中国木工株式会社より右手形の二通を白地のまま譲渡を受けその所持人となり、白地であつた受取人及び振出人欄には原告名を、振出日及び引受日欄には昭和三六年七月八日と補充した。

(3)  原告は右手形二通を昭和三六年七月八日から同月一〇日までの間に紛失したので昭和三七年六月二七日岡山簡易裁判所において右手形二通につき除権判決を得た。

(4)  仮りに、原告が右手形の紛失前に白地補充をしていなかつたとしても、原告は後記のとおり右除権判決の申立の時または、本件支払命令申立の時に前記(2)記載のように補充した。

(5)  よつて原告は被告に対し右手形金三〇万円及びこれに対する支払命令送達の翌日である昭和三七年八月九日から支払済まで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  被告の答弁

(1)  請求原告(1)の事実は認める(ただし本件手形二通の各振出欄も白地であつて、岡山市と記載されていなかつた)。

(2)  同(2)、(3)は否認する。

(3)  本件手形は、裏書の連続を欠き、原告は適法な所持人ではない。除権判決も除権判決を申し立てた原告に対し証券の所持を回復したと同様の地位を確定するだけであつて、適法な所持人であることまで確定または推定することはない。

(4)  原告が右手形を適法に取得したとしても、原告の右手形紛失当時、白地欄は補充されていなかつたのであるから、手形上の権利が未成立の間に喪失したものであつて、右手形につき除権判決を得ても、手形要件を補充することは、手形行為が書面行為である性質上不可能である。このように解しても手形所持人は、除権判決を得ることにより、その喪失した手形を無効とし、じ後該手形が第三者によつて善意取得され、この者によつて補充されたうえで行使されることを防ぐことができ、その結果新たな手形の再発行を求めることができるのであるから、所持人に対し不当な結果を強いることにはならない。

(三)  被告の抗弁

(1)  仮に原告の請求原因に理由があるとしても、訴外吉村次義は、昭和三六年八月二五日頃訴外中国木工株式会社振出の金三〇万円の小切手を、本件手形金債務の履行に代えて原告に交付する旨を原告と約し、同日右小切手を原告に交付したから、原告の本件手形上の権利は消滅した。

(2)  右事実が認められず、右小切手が本件手形金債務の支払のために交付されたものとしても、右小切手金は昭和三六年九月末頃支払がなされたので、いずれにしても原告の本件手形上の権利は消滅した。

(3)  仮りにそうでないとしても、原告は、前記吉村から金額三〇万円の小切手を受取つたさい被告に対し本件手形金請求権を放棄した。

(四)  被告の主張および抗弁に対する原告の答弁

(1)  除権判決は適法な所持人のみが申立てられるものであつて、申立人に適格がなければ、利害関係人は、権利の届出によつて争うべきであつて、判決が確定した以上該判決の申立人は適法な所持人の地位を回復する。また除権判決の効果として法は裏書の連続性につき或る種の適法の推定を与えたものというべきであつて、本件手形につき除権判決を得た原告に対して裏書の連続を争うのであれば、その主張、立証の責任(少くなくともその必要)は、被告が負担しなければならない。

(2)  原告が本件手形の喪失白地欄を補充したことは前記のとおりであるが、除権判決の効果として、除権判決申立人は該判決に表示された手形の所持人たる地位を回復するものであるから法は紛失手形の文言性、要式性についても除権判決に記載された各手形要件記載の手形としてその権利行使手段を回復するものというべく、除権判決に記載された手形の要件に欠缺のないかぎり、白地補充を問題とする余地はない。また該手形の文言性、要式性を争うのであれば、除権判決確定の推定力に基づいて、被告においてその立証の責任ないし必要を負担しなければならない。

仮りに、原告が右各手形喪失当時白地欄を補充していなかつたとしても、以後手形面上で補充することは不可能であるが、それを理由に手形上の権利の回復手段を永久に閉ざすということは所持人に不当な危険を強いる結果となり、法の解釈として余りにも硬直にすぎ除権判決制度の本質を見失つたものである。そもそも手形は最も厳格なる有価証券であつて、現実の手形紙片の存在を基礎とするものであり、その紙片の存在を失えば本来ならば権利行使の手段の消滅を意味しなければならない筈であるが、法は除権判決の制度を設け、除権判決の効果として、その所持を失つた権利者に対し、その行使手段を回復せしめるのであつて、手形所持を法律上「擬制」するものに外ならない。除権判決後は、該判決の申立人は、法律上擬制された所持人となり、その権利行使についても、呈示性、受戻性等本来の権利行使手段に当然必要とされる外形的、物理的な「存在」または「行為」を必要とせず「請求」なる無形、抽象的な意思表示にのみによつて、「存在」または行為を擬制しようとするのである。あるいは、擬制という法律的操作を用いないでも、「存在」または「行為」と「意思表示」とを法律上少くとも同価値のものに考えようとしているわけである。すなわち、除権判決の申立人は、「意思表示」によつて、手形法が本来要求する「存在」と「行為」とをなし得るのである。そうだとすると、白地補充についても、除権判決申立人は、(イ)除権判決の申立に際し、除権判決却下を解除条件として、或いは除権判決確定を停止条件として、意思表示による白地補充(擬制)をしたものであつて、右意思表示は公示催告により発信されかつ到達する。(ロ)除権判決後、申立人はあらためて意思表示による白地の補充をすることとができ、右意思表示が手形義務者に到達することによつて白地補充が擬制されるのいずれかに解さなければならないが、いずれにせよ、本件支払命令が被告に送達されたことにより請求原因欄(2)記載のように白地が補充されたものである。

(3)  被告の抗弁はすべて否認する。

三、証拠関係(省略)

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